森喜朗元首相の発言と名前を見る

  森喜朗(83)東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会会長(元首相)の女性蔑視発言

2月3日の日本オリンピック(JOC)臨時評議会で「これはテレビがあるからやりにくいんだが、女性理事を選ぶてのは、文部省がうるさく言うんです。だけど、女性がたくさん入っている理事会は時間がかかります。」と女性蔑視と取れる発言したため、オリンピック問題の混乱も相まってか、世間の反発を買ってしまいました。

4日には、謝罪をしましたが、辞任はしませんでした。 しかし、対応が悪かったのか、誤解が生じてしまったのか、世間の反発が強かったため、12日に会長の辞退を表明し、後任は現在、橋本聖子五輪相(56)になっています。

 森喜朗氏は、兼ねてから、数々の発言で物議をかもして、有名の様でした。 更に、いくつかを拾って見たいと思います。

 1.首相就任前は

       エイズ発言
2000年 1月13日 福井県敦賀市で行われた講演で、『初めて選挙に出た時は、泡沫だった。選挙運動で行くと、農家の皆さんが、家の中に入ってきます。 なんかエイズが来たように思われて』と発言したそうです。 どうなんでしょうか。『エイズ』なんて表現はやはりどうなんでしょうか。

  2.首相時代

     神国日本発言
2000年 5月15日 神道政治連盟国会議員懇談会結成30周年記念祝賀会で演説し、『日本の国、昌に天皇を中心としている神の国であるんだと言うことを国民の皆さんにしっかりと承知していただく』と発言して、NHKなどで、報道していました。

 まあ、これに付いては、どう言う真意で『神の国』発言したのかは判りませんが、当たらず共に遠からず、ではないかと、私は思いますね。
なぜならば、日本列島は世界地図、縮図となっているからです。

 北海道⇒北米  本州⇒オセアニア  四国⇒オーストラリア  九州⇒アフリカ  沖縄⇒マダガスカル島   台湾⇒南米
 
これは、日本の古神道で言われ、日本の戦前の最大の宗教団体、大本教の出口王仁三郎が言っていた事です。 『日本で起こる事は世界で起こり、世界で起こる事は日本で起こる』と。 で、その究極の元は五行理論ではないかと、私はこのブログで言っている分けなのです。

 また、天皇が世界を統治し、『天の浮舟』(UFOと思われる)に乗って世界を巡っていたと、戦前弾圧された皇祖皇太神宮の『竹内文書』に書かれています。
竹内文書には、皇祖皇太神宮の竹内文書と、竹内睦泰(むつひろ)氏の「正統竹内文書」の2種類があるみたいです。
 ちなみに、聖書にも、かつて言語は一つ(ワンワールド)であったとの記述もあるみたいです。

ところで、それ以外も森喜朗氏の発言は、色々有るようですが、ここでは、はぶきます、他を当たってください。

では、森喜朗氏と2011年に亡くなった息子さん、森祐喜さんの名前を見てみますね。

二名-.png

    森喜朗氏(83)
1937年(昭和12年) 7月14日生 日本の政治家 衆議院議員(14期) 文部大臣(第105第) 通商産業大臣(56第) 建設大臣(62第) 内閣総理大臣(85第 86第) 自由民主党政務調査会長 東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会会長などを歴任

  息子 森祐樹氏
1967年 (10月15日)~2011年 (7月25日) 日本の政治家 社団法人小松青年会議所理事長(第四十四代)石川県議会議院(2期) 石川議会建設委員長(初代)など歴任
玉川学園高等部卒業 東海大学教養学部中退

 父喜朗氏の秘書ののち、2006年3月の石川県議会議員の補欠選挙で初当選 次点の沢田貞氏との差は、わずか400票でした。次の選挙でも祐喜氏は当選しています。

2010年8月7日 飲酒運転で、コンビニアストアに突っ込み逮捕 石川県議会の議員を辞職しました。

2011年10月31日 能美市の自宅で倒れ、一時回復しましたが、2011年5月に体調を崩し、金沢市の病院に入院したが、2011年7月25日 入院先の病院にて、急性膵炎による多臓器不全似て死去 46才

  森喜朗氏の名前

父森喜朗氏の森の苗字(天画)は12画の凶画、挫折や孤立しやすいですが、ポーカーフェースで、政治家には向いているみたいです。生まれながらの政治家向きです。第代政治家のようです。

次に一番重要な時期、内画24画、大吉4画系で唯一の吉画、財画。一番重要な時期にこの画、成功してきました。

最後、地画晩年、名、「喜朗」22画凶画挫折。判断が甘い依存型。他人のせいにしたがる。

外画、対外関係、対人関係、22画凶画独善的考えで、孤立。挫折。

で、総画34画凶画特に晩年など、運が落ちて来ると、自分や身内に病気、災難。あるいは、倒産など不幸が襲ってくる可能性。

 全体像が当たっている様に見えますが。 下から上、名から苗字の方へ見ても似たようなものでしょう。一番重要な時期に力や財を蓄えていますね。
 
森祐喜氏(息子)

苗字、森は12画の凶画ですが、生まれ持っての政治家一家。  最も重要な時期は21画の吉画1番です。 晩年の地画も21画の1番です。 21番は才能と行動力あり。それだけに残念ですね。

外画は24画の財画、お金のある人と縁があります。年を取るほど人脈も広がって行きます。

最後に総画、33画の特殊画非常に強い性格。帝王的、時に傲慢。それを良い方向に持っていけば大成。晩年まで、バイタリティあふれる力あり。 それだけに残念。 父親よりも、ある意味上。

最後に

森喜朗氏は辞任しましたが、東京オリンピックは祝福されてないみたいです。 東京オリンピック会場東京スタジアムは、ユダヤ第三神殿のようです。 オリンピックも含め、どうなるかは、判りませんが、今後大変になって来るかもしれません。




私は、キリスト教徒ではありませんが、真に日本を愛するキリスト教徒の皆様は、ぜひ、今後とも日本のために、頑張ってくださいね。

東京オリンピックの東京スタジアムはユダヤの第三神殿だ!?

     初めに

 久々に、このブログを書きたいに思います。2020年には東京オリンピックが行われる予定でしたが、新型コロナの影響で2021年に延期されましたが、果たして今年出来るかどうかもわかりませんね。
 2020年に東京オリンピックが開催されないことは予言されていたようです。 戦前(第二次世界大戦)にも1940年の東京オリンピックが日中戦争の拡大により開催できず、戦後の1964年に開催されました。
 今度は、中国との新型コロナの関係です。 前回の事を考えると、開催は微妙ですね。

 1. では、今日の問題。ユダヤ第三神殿と日本との関係

ユダヤ第三神殿は、ユダヤ民族の国イスラエルが再建された時にモリヤの丘すなわち『神殿の丘』に新な神殿が立てられていると言う事です。
 
第一の神殿は、ソロモンの神殿と呼ばれ,ネブカドネザル2世によるエルサレム攻囲戦(紀元前587年)で破壊される前までエルサレム二あった聖なる神殿でした。

第二の神殿は、紀元前516年から紀元後70年まで神殿の丘にあったエルサレム神殿です。
そして、ここにはイスラム教の岩のドームが建っています。 

第三の神殿は、この『神殿の丘』に再建されると、キリスト教やユダヤ教徒たちは言っています。 そしてその時が大艱難の時だとも言っています。 しかし、まだ再建されてはいないそうです。果たしてそうなんでしょうか?、私は、違うと思います。 もう立派に再建され、儀式も常に行われているのではないでしょうか。

 どこに!?。、.... 場所はこの日本、古代ユダヤ人すなはち、失われた十支族日本人が住んで居る東京、霞がにある第三番目に建設された儀式会場(競技場)新国立競技場、東京スタジアムではないかと思います。
 『神殿の丘』すなはち『霞ヶ丘』に建つ建物、東京スタジアムが第三の神殿であると。 

そして、2020年、コロナが蔓延した時が、岡本天明が「日月神示」に指摘した大峠、すなはち「聖書」で言う大艱難の時ではないでしょうか。

神殿Visionary_Ezekiel_Temple.jpg
イスラエル神殿  ウィキぺディアより(縮小)

2. 日本の第一神殿、第二神殿、第三神殿とは

その最初の第一の祭儀場は大正13年(1924年)に青山練兵場跡地にできた「明治神宮外苑競技場(神宮競技場)」でした。
しかし、この競技場は1940年の東京オリンピックは行われず、第2次世界大戦の時に爆撃を受け、日本の敗戦により進駐軍に徴収され、名前もナイル・キニック・スタジアムとなり、1952年にようやく解かれました。

第ニの祭儀場は東京オリンピック(1964年)に行われるため、神宮競技場は取り崩され、新たな国立競技場(旧国立競技場)が1958年に完成、オリンピックがこの競技場を中心にして行われました。神殿の祭壇を思わせる聖火が灯されました。 オリンピックとは古代ギリシャにはじまった神に献げる儀式なのですす。 そして競技場は祭儀場でもあります。

第三神殿は2020年東京オリンピックが開催される事になり、国立競技場(旧国立競技場)は取り崩され、この霞がに新たな国立競技場が建設されました。2020年の東京オリンピックの為に。第三神殿は大患難の時の前に完成。この日本にです。
2020年、新型コロナが発生、東京オリンピックは延期、まさに聖書の大患難(日本の日月神示では大峠)の時なのです。
私は以前、旧約聖書『エゼキエル書』を指摘しました。

危機が増すます迫ってきているのです、備えなければなりません。